Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

領域

9月末に、髪を切った。周囲の評判はなかなかで、わしは喜んでいる。
評判、評価、批評。
そういった類のものを、わしはある部分でとても気にする。
ある部分では全く気にならない。
というのは、わしが尊敬している人や好意を持っている人の、わし自身やわしの仕事に対する評価を、知りたくてたまらないのだ。
今のところ、反応が良かったら喜んで舞い上がり、悪かったら悲しむ、という単純な反応を繰り返している。
一方、どうでもいい人やよく知らない人が下す評価は、あまり気にならない。
気になってしまうのはしかたがないし、気にならないことを無理に気にしなくてもよいと思うので、これはこのまま据え置きでいいと思っている。
だけど、しばしば、無言の人の心のなかにある評価や感情をうがったり決めつけたりしてしまうことがある。
あて推量というか、邪推というか。

以前、好きな人の好みに合わせようと躍起になったことがある。
――おそらくこの人は清純な女の子が好きで、たぶん少々ロリコン入ってて、きっと茶髪なんてアバズレとみなされて軽んじられるんだから、もってのほかだ。
と決めつけ、髪を染めたいのを我慢していた。パーマもかけたかったけど、清純派には自然なストレートが必須アイテムだと思って我慢していた。
そんなある日、
「あの子、髪形変えて可愛くなったね」
という、茶髪をくるんとカールさせた女性に対する誉め言葉を聞き、がちょーん、と衝撃を受けた。
そんでもって、これまた恥ずかしさに拍車をかけるのだが、心の中で「聞いてないよ」とつぶやいたことを覚えている。
誰か、「愚か者よ」を歌って欲しい。あのときのわしに。
わかるわけがないことを、なかばヒステリックに決めつけてしまうのは、本当に愚かなことだ。
そんなに好みに合わせたいなら、私立探偵を雇って過去の女遍歴を調査し、資料を綿密に分析した上で趣向と対策を練り、カリスマ美容師(死語)にプロデュースしてもらう、ぐらい徹底的にやるべきやった。
大切なのは髪型ではない。これを見落としていたことを、恋は盲目として片づけてしまうと、また同じ轍を踏んでしまうだろう。
色恋ならまだしも、仕事の上で邪推やあて推量をやってしまったら、目も当てられない。というか、ことによっては終わりかもしれない。
よーし、わしは生まれ変わるぞ。そして、アフロヘアーにするぞ。って、それは違うか。
スポンサーサイト
  • @

Appendix

井上オークスの著書

プロフィール

井上オークス

  • Author:井上オークス
  • 旅打ち競馬ライター。
    佐賀生まれ、愛媛育ち、京都在住。

月別アーカイブ

検索フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。